テクダイヤ社製 0.4mmノズルにチャレンジ #400umクオリティチャレンジ その1
はじめに
高精度のディスペンサーノズル等を製造しているテクダイヤ社代表の小山氏が開催している #400umクオリティチャレンジ に参加させていただけることになったので、今回提供して頂いたテクダイヤ社のノズルとE3D社のノズルを比較した結果をまとめていきたいと思います。
初回はノズルのMaximum Volumetric Speed(最大流量)とPressure Advance (ノズル内圧補正値)についての実験です。
- はじめに
- #400umクオリティチャレンジとは?
- 使用機材
- Maximum Volumetric Speed(最大流量)
- Pressure Advance (内圧補正値)
- まとめ
- 次回以降の予定
- 最後に
#400umクオリティチャレンジとは?
テクダイヤ社がディスペンサーノズル製造で培ってきた技術を活かして開発した高精度な3Dプリンタ用ノズルを試用し、評価結果を小山氏にフィードバックするといった趣旨の企画です。
詳細については以下の記事をチェック
以下は、本企画を知るきっかけとなったはるかぜポポポ氏の記事
使用機材
今回の実験では以下の機材を使用します。
ノズル
テクダイヤ社製E3D V6互換0.4mmノズルとE3D社製0.4mmノズル3種類(Brass、Copper、Nozzle X)を比較していきます*1。
E3D社製ノズル3種類の簡単な違いは以下の通り。
- Brass:値段がお手頃な標準タイプのノズル。テクダイヤ社製と同じ真鍮製。
- Copper:真鍮よりも熱伝導率が高い銅製のノズル。
- NozzleX:E3D社のフラグシップモデルである工具鋼製のノズル。カーボンファイバー入りのフィラメント等の硬いフィラメントを使用してもノズルが削れにくい特長を持つ。
テクダイヤ社製ノズルとE3D社製ノズルについて、外形寸法には大きな違いはないようです。(テクダイヤ社製の方がノズル先端の直径がやや狭いくらい?)ノズル交換時にZ方向のオフセットを大きく調整する必要がないため便利です。
内部の寸法については、以下のリンクの図面によるとテクダイヤ社製の方が全体的にタイトになっているようです。内部の形状の違いがノズル性能にどのような影響を与えるか気になりますね。
テクダイヤ | E3D | |
---|---|---|
内径 | 1.8mm | 2.0mm |
テーパ部角度 | 30° | 60° |
テーパ部端部-先端距離 | 0.3mm | 0.6mm |
テクダイヤ製 0.4mmノズルを試してみる #テクダイヤ #400umクオリティチャレンジ|はるかぜポポポ|note
V6-NOZZLE-ALL (Edition 8.1) - E3D-Online
また工作精度については、良い写真を撮影することができなかったものの、E3D社のノズルとテクダイヤ社のノズルの方がノズル開口部及びその周辺が綺麗に加工できているように見えます。
E3D社のV6ノズル(及びその他様々なノズル)の工作精度については、以下のサイトの写真が参考になります。
3Dプリンタ
3DプリンタはVoron2.4を使用します。
ツールヘッドを高速で動かすことができるCoreXY機構、平面度が比較的高いMIC-6アルミ板を使用したベッド、独立駆動する4つのZモータによりXY軸の傾きを自動で補正するQuad Gantry Leveling機能といった特長を持つ3Dプリンタです。
ノズルに大きく関連するツールヘッドの構成は以下の通りです。
ホットエンド:Slice Engineering Mosquito
ヒートブロックに支柱を取り付けた独自の構造により、片手でノズル交換が可能、ヒートブレイクを薄型化しヒートクリープによるジャムが少ないといった特長を持つホットエンド。値段がお高めなのが唯一の欠点。
The Mosquito® Hotendwww.sliceengineering.comエクストルーダ:Clockwork
Bondtech社のBMGベースのエクストルーダ。ギア比3:1のギアボックスにより正確なフィラメントの送り出しを実現。
フィラメント
フィラメントはKVP社のABSを使用します。これまで使用してきた実感として寸法精度が比較的高いため、実験時にフィラメントのばらつきによって苦労することが少なそうとの思いです。色は印刷時の欠陥が目立つmetallic silverを選択します。
Maximum Volumetric Speed(最大流量)
はじめは、ノズルの最も重要な性能であるフィラメントの流れやすさを比較するため、各ノズルのMaximum Volumetric Speed(最大流量)を測定していきます。
Max volumetric speed(以降MVSと表記)とは1秒間あたりに吐出することができるフィラメントの体積(おおよそ[レイヤー厚み]×[線幅]×[ツールヘッド速度])の最大値のことであり、これを超えた値で印刷しようとしてもフィラメントの溶解不足でノズル内圧が高くなりすぎて印刷物に欠陥が出るようになります。小型の印刷物の場合は気になることが少ないですが、大型の印刷物を高速で印刷しようとする場合はツールヘッドの移動速度ではなくMVSがボトルネックとなることが多くなってきます。MVSに一番大きく影響するのはホットエンドの性能(Melt Zoneの大きさやヒータのワット数等)やホットエンド温度、エクストルーダのトルクですが、ノズルの流れやすさも少なからず影響すると考えられるため、今回の比較を行っていきます。
まずは以下のリンクを参考にMVSを測定します。
具体的な手順は以下の通り
使用するノズルをセットする
以下のg-codeを入力し、エクストルーダの準備行う
M83 # エクストルーダを相対位置モードにする M109 S240 # エクストルーダの温度を設定(ここでは240度)
フィラメントの直径をマイクロメータで測定する
エクストルーダの温度が静定したら以下のg-codeでフィラメントを空中に吐出する
G1 E50 F500 # フィラメント50mmを設定した速度で吐出(ここでは500mm/min)
徐々に吐出速度を上げていきながら、フィラメント直径の測定→吐出を繰り返す。ノズル内圧の上昇によりモータが脱調するようになった時点で試験を終了する。
下記はフィラメント吐出速度が速すぎてモータが脱調している様子
youtu.be以下の式でMVSを計算する
上記をノズル4種類とホットエンド温度3種類(220度、240度、260度)の組み合わせについて実験した結果を以下に示します。
どの温度においてもテクダイヤ社製ノズルがE3D社製ノズルよりもMVSが15~20%程度高い結果になりました。ノズルを交換するだけでこれだけはっきりとした差が出るのはかなりの驚きです。
#400umクオリティチャレンジの他に#100umノズルチャレンジもを行っていることから、テクダイヤ社製ノズルが活躍するのは小型造形物の精密なプリント時だけになるかと思っていましたが、MVSの制限が気になるような大型造形物を素早くプリントするときもテクダイヤ社製ノズルが活躍することが判明しました。今後テクダイヤ社がノズルの一般販売を開始した際に、小型造形物用の0.1mmノズルだけではなく、大型造形物用の0.5, 0.6mmノズルも欲しくなるような結果です。
余談ですが、E3D社製ノズルは素材に関わらずMVSが温度ごとにほぼ一定という結果になりました。熱伝導率は、鋼<真鍮<銅の順で大きくなるので、その違いが現れるかと予想していましたが、1~2秒という短時間でフィラメントを押し出す場合は熱伝導率があまり影響しないということなのでしょうか?
さて、上記の結果が実際の印刷でどのような違いをもたらすかを見るため、テクダイヤ社製ノズルとE3D社製Brassノズルを使い、MVSを20mm3/s、22.5mm3/sに設定した上で、以下のような四角形をSpiral Vase Mode(壁面1層を一筆書きで印刷するモード)にて印刷してみました。
印刷時の設定は以下の通りです。
- スライサー:SuperSlicer 2.2.54
- プリンタファームウェア:Klipper v0.9.1
- エクストルーダ温度:240度
- レイヤー厚み:0.3mm
- 線幅:0.5mm
- ツールヘッド速度:153mm(MVS=20mm3/s)、172mm(MVS=22.5mm3/s)
- ツールヘッド加速度:3000mm2/s
注:実際の印刷ではコーナーにおいてツールヘッドの速度が低下するため、スライサーでMVSをもとにツールヘッド速度を設定していても、先程のフィラメント吐出試験よりもノズル内圧が高くなりにくいです。
印刷中の様子
youtu.be
造形物の写真を以下に示します。
MVS=20mm3/s
E3D社製ノズルでは印刷途中でフィラメント吐出不良が原因で欠陥が1箇所生じていますが、テクダイヤ社製ノズルでは全箇所問題なく造形できています。MVS=22.5mm3/s
テクダイヤ社製ノズルでも一部欠陥が生じるようになっていますが、その一方でE3D社製ノズルではほぼ全域に渡って吐出不良による欠陥が生じています。
先程のフィラメント吐出試験(240度)ではテクダイヤ社製ノズルがMVS=20.3mm3/s、E3D社製BrassノズルがMVS=17.2mm3/sであり、フィラメント吐出試験で測定した結果と印刷物で見られた欠陥の有無が合致しています。
Pressure Advance (内圧補正値)
エクストルーダがフィラメントを送り出した量に応じて、ノズル先端からそれと同等の量の溶解したフィラメントが即座に吐出されると思いがちですが、実際には溶解したフィラメントの弾性やノズルの流量に影響されるノズル内圧のせいでそのようにはなりません。下記はその様子を表した模式図です。造形物に必要な量のフィラメントをそのまま送り出した場合(head velocityのextruder moveに対応)、はじめはノズル内圧が足りず実際に吐出されるフィラメント量が不足し、フィラメントの送り出しを終えた後はノズル内圧の減少に時間がかかり本来フィラメントを吐出すべきでない箇所でもフィラメントの吐出が続いてしまいます(actual filamentに対応)。
結果としてノズルの内圧を考慮せずにフィラメントの送り出しを行うと、ツールヘッドが加速する直線部においてフィラメントが不足したり、逆にツールヘッドが減速する角部等においてフィラメント過多による出っ張りや糸引きが生じます。(角部の出っ張りについてはリンク先の写真が参考になります。)
Pressure Advance (内圧補正値) とは上記の事象を補正するための3DプリンタファームウェアKlipperの機能です*2。Klipperでは、Pressure Advance 補正値(以降PA値と表記)をもとにフィラメントの送り出し量を補正し、フィラメントの吐出不足/過多を防ぎます。
PA値はキャリブレーション用モデルによって実験的に求めることができます。今回はテクダイヤ社製ノズルを含む4種類のノズルについて、リンク先を参考にPA値を計測しました。
具体的な手順は以下の通り
使用するノズルをセットする
以下のg-codeを入力し、ファームウェアの準備行う
SET_VELOCITY_LIMIT SQUARE_CORNER_VELOCITY=1 ACCEL=500 # ツールヘッドの加速度を下げる TUNING_TOWER COMMAND=SET_PRESSURE_ADVANCE PARAMETER=ADVANCE START=0 FACTOR=.005 # PA値がZ方向に0.005/mmずつ変化するようにする
キャリブレーション用モデルを印刷し、角部の出っ張りがちょうどなくなる位置の高さを計測する(PA値が低すぎて出っ張りが生じている箇所とPA値が高すぎてフィラメントが不足している箇所の境目を探す)
計測した高さをもとにPA値を計算する。今回は1mmごとにPA値が0.005ずつ上昇していく設定としているので、以下の式で求まる。
印刷したキャリブレーションモデルと計算したPA値を以下に示します。結果として、どのノズルも同じ程度のPA値となりました。(テクダイヤ社製ノズルがわずかに低いPA値となっていますが、キャリブレーションモデルにおける測定精度的に有意な差ではないと考えられます。)
MVSの違いからテクダイヤ社製ノズルとE3D社製ノズルでもう少し違いが出るかと予想していましたが、ある程度流量が低い領域では、ノズルの流れやすさよりもフィラメントの弾性の方がPressure Adavanceの支配的な要因になるということでしょうか?
ノズル | PA値 |
---|---|
E3D Brass | 0.0615 |
E3D Copper | 0.0615 |
E3D NozzleX | 0.0615 |
テクダイヤ Brass | 0.0605 |
まとめ
E3D社製ノズルをテクダイヤ社製ノズルに交換すると
- Maximum Volumetric Speed(最大流量)が15~20%ほど向上した
- Pressure Advance(ノズル内圧補正値)は変化がなかった
次回以降の予定
どのような順番で行うか、いつ行うかはまだ未定ですが、次のようなことを実験していきたいなと緩く考えています。
- Ironing/アイロン(ノズル先端で印刷物表面をならす動作):ノズル先端直径の違いが与える影響が気になる
- Bridging/ブリッジ(サポート材なしで空中に水平に造形する動作):上記と同じ
- Retraction/リトラクション(糸引きやダレを防ぐためにフィラメントを引き戻す動作):ノズルの内部形状が違うなら必要なリトラクションも違ってくるかも?
- Benchy(ベンチマーク用のモデル):プリンタが細かい動作を行う際の違いを見たい
最後に
小山さん素晴らしいノズルをご提供いただきありがとうございます!
一般販売、そしてその後の展開をとても楽しみにしてます!